未治療の場合のCTEPHの予後は、血行動態重症度が高いほど不良であり、軽症例でも、経過とともに血行動態が悪化する症例があることが報告されています。この原因として、急性PTE再発の関与や肺動脈での血栓形成の関与が考えられています。そのため、CTEPHではPEAやBPAなどの実施の有無にかかわらず、永続的な抗凝固療法が必要です。ワルファリンの投与量は、急性PTEに準じて調整される場合が多いですが、抗凝固療法の有効性を示す明瞭なエビデンスは得られていません。また、CTEPH に対する直接作用型経口抗凝固薬の有効性や安全性を示すエビデンスも存在しません。
CTEPH患者に対する抗凝固療法の有用性について、Romaszkiewiczらは新規CTEPH患者(抗凝固薬未使用、PEA未実施)を対象に抗凝固薬を投与し、投与1年後の心機能および運動耐容能を調査した結果、ともに有意な改善が認められたことを報告しています(表)2)。
表 抗凝固薬投与前と投与1年後における心機能および運動耐容能
※RVED/LVED(end-diastolic right ventricular dimension:右室拡張末期径/end-diastolic left ventricular dimension:左室拡張末期径)
Student’s t-test
試験方法:
単一施設、レトロスペクティブ
新規CTEPH患者(抗凝固薬未使用、PEA未実施)29例(男性9例、女性20例:37~82歳)を対象に抗凝固薬を投与し、投与1年後の心機能および運動耐容能を調査した。
Romaszkiewicz. et al.:Kardiol.Pol 64(11):1196-1202,2006より改変
CTEPHの器質化血栓に対する血栓溶解療法の有効性を示すエビデンスはありませんが、経過中に病状が急速に悪化した場合、 慢性PTEの急性PTE合併(acute on chronic PTE)を考える必要があります。凝固線溶系分子マーカーが高値の場合には、血栓溶解療法で軽快が得られる可能性があり、画像診断結果も含めてacute on chronic PTEの関与が疑われる場合には、血栓溶解療法を試みてもよいと考えられます。
酸素療法を行うことで、自覚症状の改善に加え、低酸素性肺血管攣縮の解除による肺動脈圧の低下が期待できます。明らかなエビデンスは得られていませんが、予後改善効果も期待されています。わが国では、肺高血圧症例に対する在宅酸素療法(home oxygen therapy; HOT)の保険適用が認められており、CTEPHもその対象疾患に含まれています。
Leuchteらは、PAH、CTEPHおよび肺疾患に伴うPHの患者104例を対象に右心カテーテル中の酸素療法に関する予後を検討した結果、右心カテーテル中の酸素投与により心拍数が72回/分未満になった患者群では、72回/分未満にならなかった患者群に対し有意に良好な予後が得られたことを報告しています(図)3)。東京大学医学部附属病院においても、CTEPHの患者26例(男:女=9例:17例、平均年齢57.2±12.8歳)に対して、右心カテーテル中に酸素10~15L/分の吸入を行ったところ、有意な心拍数および肺動脈圧の低下を認めました(表)。
図 右心カテーテル中の酸素投与による予後
試験方法:
肺高血圧症患者104例(PAH:56例、CTEPH:22例、肺疾患に伴うPH:26例)を対象に右心カテーテル中に酸素を投与し、心拍数が72回/分未満になった群とならなかった群の2群間における予後(生存率)を比較した。
平均生存期間42.3カ月(CI:33.5~51カ月) P<0.05
Leuchte,H.H. et al.:Respiration85(5):400-407,2013より改変
表 CTEPH患者の酸素吸入による血行動態の変化(n=26、東京大学医学部附属病院のデータ)
試験概要:CTEPH患者26例に対し、右心カテーテル中に酸素10~15L/分の吸入を実施し吸入前後での血行動態の変化を比較。
(波多野先生提供)
国際共同第III相臨床試験:CHEST-1
世界で最初にCTEPHに対して適応が認められた経口薬 リオシグアト(可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)刺激剤)が、2014年1月、日本において、「外科的治療不適応又は外科的治療後に残存・再発した慢性血栓塞栓性肺高血圧症」を適応症として承認されました。
リオシグアトは、内因性一酸化窒素(NO)に対する可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)の感受性を高める作用と、NO非依存的に直接sGCを刺激する作用の2つの機序を介して、環状グアノシン一リン酸(cGMP)の産生を促して血管を拡張させる新しい作用機序をもつ薬剤です。
リオシグアトの承認に際しては、PEA不適応又は本手術後に残存・再発したCTEPH患者261例(日本人16例を含む)を対象に、国際共同第Ⅲ相臨床試験(CHEST-1:Chronic Thromboembolic Pulmonary Hypertension sGC-Stimulator Trial )が行われました(図1)4)。
図1 試験概要
CHEST-1におけるリオシグアトの有効性
CHEST-1において、リオシグアト群の6分間歩行距離(図2)、WHO機能分類、肺動脈平均圧、肺血管抵抗、心拍出量、ヒト脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体N端フラグメントの第16週におけるベースラインからの変化量は、プラセボ群に比べて有意な改善が認められています4)。
プラセボ補正後治療効果=46m(95%CI:25-67m; P<0.001※)
ITT解析による評価、平均±標準誤差
※国/地域を層とした層別Wilcoxon検定
Ghofrani, H.A. et al.: N Engl J Med 369(4):319-329,2013より改変
CHEST-1の安全性
CHEST-1での有害事象発現率は、リオシグアト群で91.9%(159/173例)、プラセボ群で86.4%(76/88例)でした。
承認申請時評価資料
略語
CTEPH: chronic thromboembolic pulmonary hypertension:慢性血栓塞栓性肺高血圧症
PEA: pulmonary endarterectomy :肺動脈血栓内膜摘除術
PH: pulmonary hypertension:肺高血圧
CHEST-1: Chronic Thromboembolic Pulmonary Hypertension sGC-Stimulator Trial
References