患者さんと医師のコミュニケーションのあり方を考える

NPO法人 PAHの会 理事長である村上 紀子さんに患者さんから多く寄せられる相談は「主治医の先生とのコミュニケーションについて」だといいます。
そこで今回は、医師代表として東京大学の波多野 将先生、患者さんならびにご家族の代表として、井村 知世子さん、田村 愛さん、田村 明子さんにお集まりいただき、村上さんの司会のもと、肺高血圧症診療における「患者さんと医師のコミュニケーションのあり方」についてお話ししていただきました。

司会:
  • 村上 紀子さん
    NPO法人 PAHの会 理事長。20年近くにわたり患者会に携わる。

パネリスト:
  • 東京大学大学院医学系研究科 重症心不全治療開発講座 特任准教授 波多野 将先生
    肺高血圧症を専門に診療を行いながら、重症心不全や心臓移植、補助人工心臓についての診療も行っている。
     
  • CTEPH患者 井村 知世子さん
    約18年前にCTEPH(慢性血栓塞栓性肺高血圧症)と診断される。2010年に心不全を起こし、その後肺動脈内膜摘除術(PEA)を受けている。
     
  • PAH患者 田村 愛さん
    生まれつき肺高血圧症を患い、10年以上にわたりプロスタグランジンI2(PGI2)製剤の持続投与療法を継続。これまで約10年間、波多野先生のもとで診療を受けている。
     
  • 田村 明子さん (愛さんのお母さま)

Vol.1 患者目線の説明がわかりやすい


○普段の肺高血圧症の診療内容

村上さん:まず、みなさんの診療の内容について教えていただけますか。

井村さん:私は2ヵ月に1回通院しています。診療時間は10~15分で、先生と前回の診療からの体調の変化などを話しながら、聴診や足のむくみを診ていただいたりしています。風邪薬や胃腸薬を処方していただくなど、CTEPH以外にも体調に合わせた治療をしていただいています。

田村さん:私は月に1回通院しています。診療時間は15分くらいだと思います。主に、1ヵ月間の体調の変化や、カテーテル周囲の皮膚の状態について話しています。サプリメントや漢方などについて質問することもあります。

普段の肺高血圧症の診療内容

○診療時に困っていること

診療時に困っていること

村上さん:では、診療室でどのようなことを感じていますか。

井村さん:循環器専門の先生なので、他の診療科で診てもらうような症状も相談していいのか、悩むことがあります。ただ、肺高血圧症と関係あるかもしれないので、診療のときは相談しようとは思っています。何か疑問があるときは、患者側からも先生に聞くことが大切ですよね。

田村さん:男性の先生の場合は、女性特有の悩みについては少し聞きづらい部分もありますね。

村上さん:なるほど。ご家族にも先生から病状説明などがあったと思いますが、ご家族の視点から何かお困りになったことなどありましたか。

田村さん(母):自分の知識不足もあるのですが、説明を聞いても肺の血管や心臓をイメージしにくいことがあります。わかりやすいイラストや模型があるともっと理解しやすいのではないかと思います。また、最初は検査の数値を聞いてもよくわからないことがありました。

井村さん:私はカテーテル検査を受けたとき、検査結果の画像を見ながら説明してもらったことがありますが、やはり自分の血管の状態がよく理解できて、安心できた覚えがあります。

村上さん:やはり患者にとっては自分に何が起こっているのか、ちゃんと知りたいですね。患者としては、本当は先生にもっと時間をかけて教えてほしいと思っていても、質問して嫌われたらどうしようと思うのかもしれません。一方で、先生が患者さんに説明する際に難しいと感じることはあるのでしょうか。

波多野先生:患者数が多い病気では、製薬会社などが患者さん向けパンフレットなどもたくさん作っているので、患者さんも理解しやすいと思います。しかし、肺高血圧症は患者数も少なく治療薬も少なかったことから、模型やパンフレットが豊富ではありませんでした。そのため医師が手書きで説明することも多く、わかりづらかったかもしれません。最近は肺高血圧症の薬も増えたことで、製薬会社が肺高血圧症について解説したホームページやパンフレットなどを作成していますので、患者さんもより理解しやすくなるのではないかと考えています。

村上さん:確かに患者さん向けのホームページなどがあると、患者さんも理解しやすいですね。

Vol.2 良好なコミュニケーションはお互いに歩み寄ることから


○肺高血圧症の診療体制の課題

肺高血圧症の診療体制の課題

波多野先生:私が肺高血圧症の専門外来を始めた当時に比べると、患者さんの数が増えて1人の患者さんにかけられる時間は短くなってしまっています。そうした状況で私ができることは、若い世代の医師を育てて、肺高血圧症を診療できる医師を増やしていくことだと思っています。
先ほど、診療時間についてのお話もありましたが、いつもと同じ薬を処方して3分で診療が終わることは、患者さんの状態が落ち着いていると言い換えることもできます。ただし、肺高血圧症はいつ何があるかわからない病気のため、緊急時に対応できるように、肺高血圧症の患者さんで希望される方には緊急の連絡先をお教えしています。連絡を受けた場合は、担当医に指示を出しています。最近は医師の働き方改革なども議論されており、他の医師に強要すべきことではありませんが、患者さんの安心感につながると思い、今も続けています。

村上さん:それは患者側からすると大変ありがたいことだと思うのですが、先生側も時間をとられますし、負担もありますよね。

波多野先生:そうですね。ちなみに海外では病院全体として診療を行う体制もありますが、そうなると医師も当番制になり、診療する医師が毎回変わる状況になると思います。患者さんはずっと同じ医師に診てもらう方が安心すると思うので、日本には合わない可能性もありますが、いずれは日本全体のシステムもそうした方向に変わっていく必要があるのではないかと思います。


○忙しい医師とのコミュニケーションの工夫

井村さん:担当の先生に、次回の診療時に伺いたいことを事前に連絡させていただければ、円滑なコミュニケーションがとれるのではないかと思ったのですが、いかがでしょうか。

波多野先生:それはありがたいと思います。診療の何日か前でしたら直接返事をすることも可能ですし、診療当日の場合はその日の診療でお答えすることができると思います。

村上さん:それは患者側にしても大変ありがたいですし、先生と連絡をとる手段があることは安心感が大きいと思います。

井村さん:先生がお忙しいときは、看護師さんや他の先生が代わりに対応していただけると助かりますよね。

波多野先生:先ほど田村さんが女性の悩みは聞きにくいとおっしゃっていましたが、そういった部分でもやはり看護師とも連携していきたいと思っています。

忙しい医師とのコミュニケーションの工夫

田村さん(母):娘が小児科で診療を受けていた頃は、看護師さんにも質問していましたが、娘が成人した今では、親として診療時に同席して質問することは躊躇してしまいます。もう少し気軽に相談できる方がいると嬉しいですね。

波多野先生:そうですね。看護師からの情報がもらえると、患者さんとのコミュニケーションも増やせますね。少し気になっているのは、最近は、医師が行う電子カルテ上の保険料算定にかかわる作業が多く、それを診療中に入力を行わなければならない場合もあるため、患者さんではなくパソコン画面を見てしまいがちになることがあります。このような状況もあることを、患者さんに知っていただけるとありがたいです。

井村さん:そうなんですね。たとえ診療時間が短くても、アイコンタクトなどがあると、先生に向き合ってもらえていると感じることができると思います。先生の一言で患者は一喜一憂しますしね。

村上さん:先生が気にかけてくれていると感じることができないと、患者さんは不安になってしまうのかもしれません。

田村さん:波多野先生からは診療時以外にも返信をいただけたりしますし、しっかりと話を聞いてくださる先生だと思います。

村上さん:不安を感じている患者さんが多い中で、それはとても幸せな環境ですよね。

Vol.3 服薬状況の共有もコミュニケーションには重要


○服薬状況は正直に伝える

村上さん:先生のお立場から、患者さんにはこういったことを教えてほしいといったご要望はありますか。

波多野先生:薬を飲んでいないのに「飲んだ」とおっしゃる患者さんがいますが、服薬の状況などは正直にお話しいただけないと、結果的に患者さん自身の不利益につながってしまう可能性もあります。例えば、肺高血圧症治療で用いるような血管を広げる薬では、頭痛などの副作用が出ることがありますが、「頭痛が辛いから飲みたくない」と相談していただければ、薬を飲む時間をずらすなど対処法を考えることができます。診療時間も限られているとは思いますが、そういう相談は積極的にしていただけるとありがたいです。また、薬を処方どおり飲めていない患者さんの場合は検査の結果が悪く出てしまいますが、それをもとに薬の量を増やすことになるため、結果的に薬の過量投与になってしまうといったこともあります。

服薬状況は正直に伝える

村上さん:そういった患者さんはどの年代の方が多いのでしょうか。

波多野先生:一般的には、若くて活動度が高い患者さんが多い印象ですね。例えば学校やバイト、仕事などがあるときに頭痛が起きると嫌だからその前は薬を飲まない、といったケースが多いと感じています。

Vol.4 検査をよく理解して納得できる治療方針を医師と一緒に決める


○検査と治療方針におけるコミュニケーション

検査と治療方針におけるコミュニケーション

村上さん:診療時の検査結果はどのように説明を受けていますか。

井村さん:検査結果の説明は、主に口頭でしていただいています。治療方針についても、先ほどお話ししたようにカテーテル検査の画像を見ながら説明していただいて納得しています。

田村さん:私は先天性の肺高血圧症なので、カテーテル検査はあまり受けていませんが、普段の外来の検査結果はプリントアウトしたものをいただいています。

波多野先生:肺高血圧症は、先天性や特発性、またCTEPHなどでそれぞれ治療目標が異なります。特発性の肺高血圧症では明確に肺動脈圧を下げることが目標にある一方、田村さんのような先天性の肺高血圧症の場合は、肺動脈圧よりも脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)や酸素飽和度などに注意をして治療方針を考えています。

村上さん:治療方針は先生と田村さんで相談して決めていらっしゃいますか。

田村さん:BNPが高いから利尿剤を飲む、ということは先生と話し合って決めました。私は、副作用が強く出やすくあまり薬の量を増やしたくないので、薬の量をどうするかについては、そのつど先生と話し合って決めています。

村上さん:理想的な信頼関係が築けていますよね。お母さまの立場からは検査結果や治療方針などを聞いていかがですか。

田村さん(母):娘が自分で診療を受けて先生と話し合って決めていることなので、個人的に質問しようとは思っていません。先生を信頼しています。

村上さん:お母さまとしては、先生とのコミュニケーションにおいて、どういったことを希望されますか。

田村さん(母):親としては、この先どうなるのか、どういった治療が可能になるのか、といった見通しを示していただけたらありがたいと思っています。

村上さん:本日は、肺高血圧症診療のコミュニケーションについて実りの多いディスカッションができました。肺高血圧症の患者は、「普通の生活ができるのか」、「私はどうなっちゃうんだろう」と思い悩んでいます。そういう状況で治療へのモチベーションを高めるには、やはり医師との良好なコミュニケーションが不可欠です。そのモデルケースとして井村さんと田村さんの例を参考にしていただければと思います。みなさんが短い診療時間の中でも先生と信頼関係を築き、難しい病気と希望を持って闘っていかれることを願っています。本日はみなさんありがとうございました。


○座談会を終えて

波多野先生:肺高血圧症においては、この10年の間に10種類を超える治療薬が登場しています。新しい薬が国の承認を受けるためには、まず治験が行われますが、私はできるだけ治験の段階から参加して使用経験を積むようにしています。そうすることで、新しい薬が承認されたときに、治験で得た使用経験をもとに処方することができるからです。
私は、海外で行われている治療は日本でも受けられるようにしたいと考えており、製薬会社などに、患者さんの存在を訴えて働きかけています。医師は世界の新薬や治療の動向などにも目を向け、患者さんのメリットになるものは日本でも早く取り入れられるように働きかけることが重要だと思っています。

村上さん:患者側である私たちに何ができるかというと、薬の承認を行っている医薬品医療機器総合機構(PMDA)に新しい薬の承認を訴えることだと思います。そうして声をあげていただくことが、みなさん自身に良い結果として返ってくると考えています。

座談会を終えて