肺高血圧症は、患者さんの日常生活に大きな影響を及ぼし、身体的・精神的にも大きな負担をかけます。
今回は、患者さん代表として高橋千代子さん、医師代表として信州大学の桑原宏一郎先生にお集まりいただき、「PAHの会」の村上紀子さんの司会のもと、肺高血圧症患者さんの負担をどのように軽減していくかについてお話しいただきました。
司会:
パネリスト︓
村上さん:本日は患者さん代表として、CTEPHと診断された高橋さんにご参加いただいています。CTEPHは、他の肺高血圧症のタイプと比較して、手術ができるという点が特徴だといえます。しかし、外出時や就寝時にも酸素吸入が必要になる患者さんもいらっしゃいますし、体への負担が大きい動作ができないなど、日常生活において様々な制限があることに変わりはありません。 まず、高橋さん、CTEPHと診断されるまでの経緯についてお聞かせください。
⾼橋さん:15年ほど前にCTEPHを発症するまで、出産以外で入院したことはありませんでした。定期的に受けていた人間ドックでも何の異常もなかったので、まさか自分が病気になるなんて思ってもいませんでした。主人は転勤が多く、家族で何度か引っ越しをしながら、それぞれの土地で子どもの行事にも積極的に参加するなど活発に暮らしていました。
最初に気が付いた異変は、体を動かした時の息切れでした。そのうち咳も出るようになったので、近くのクリニックを受診したところ、喘息と診断されました。喘息のお薬を飲んでも症状は悪化して、2ヵ月が経った頃には平坦な道を歩いていても肩で息をしているような状態となりました。そんな中、台所で家事をしていたら脂汗が出てきて、気を失ってしまい、病院に運ばれて緊急入院することになりました。酸素吸入器を付けながら、ICUでの絶対安静が半月ほど続きました。その時に肺の血管に血栓が詰まっているという説明を受け、CTEPHという診断名を聞かされましたが、まだその病気の深刻さが分かっていませんでした。見た目は普通なのになぜ呼吸しにくくなるのか、よく分からなかったのです。退院後も状態は変わらず思うように動けませんでした。家事をすることもできず、案じた主人が専門書を買うなどして専門の先生を探してくれて、その病院を受診することになりました。
村上さん:専門の先生から病気について詳しい説明があったのですね。
高橋さん:はい。そこで初めて事の重大さを知ったのですが、聞けば聞くほど大変な病気だということが分かり、とてもショックを受けました。ただ、先生が手術できるかもしれないと言ってくださったので、かすかに希望の光が射した気がしました。 その後、この病気のことをさらに詳しく教えてくれたのは患者会でした。私たちに分かりやすく教えてくれるだけでなく、自分の悩みも共有できて、それまではやめたくて仕方なかった酸素吸入に対しても前向きになることができました。
村上さん:桑原先生、患者さんが、初めて肺高血圧症であると告げられた時の反応はどのようなものでしょうか︖
桑原先生:患者さんにもよりますが、やはり、そんなに大変な病気なのかと戶惑い、すごく落ち込まれる方もいらっしゃいます。そして、ご自分の身に何が起こっているのかを理解されるまでに時間がかかりますね。肺高血圧症という病気が一般の人にはほとんど知られていないからだと思います。また、最初の症状は息切れくらいですから、それに慣れてしまっている方も多く、驚かれるのは当然だと思います。
村上さん:信じたくないという患者さんのお気持ちがよく分かります。
村上さん:桑原先生、肺高血圧症による身体的な負担について教えてください。
桑原先生:最初は息苦しさを感じる程度で、ゆっくり進行していくため、症状に慣れてしまう方もいます。さらに状態が悪くなると、高橋さんのように呼吸困難などで日常生活に支障が出てきたり、失神を起こすこともあります。 息切れ、すなわち空気を吸っても酸素がうまく取り込めないという状態は、元気な人にはなかなか想像できないものです。座って話をしている時には健康な人に見えますが、動き出すと息切れがしてスムーズに動けないということをなかなか理解してもらえません。それで肺高血圧症患者さんが社会的な孤独感を感じてしまうこともあるかもしれません。 医療従事者も、失神まで起こしてしまうと、最初から重い病気を疑いますが、息切れだけでは肺高血圧症を疑うのは難しいかもしれません。
高橋さん:2度の手術を経て、だいぶん普通に近い生活ができるようになっていますが、それでも病気になる前の半分の活動くらいしかできません。友人と食事に出かけた時などに、私の動きが遅いことをマイペースでわがままな人と思われているのではないかと少し気になります。
村上さん:歩く時に杖を突いていたり、車椅子に乗っていたりすると一目で分かりますが、息切れは目に見えませんからね。 桑原先生、精神的な負担についてはいかがでしょうか︖
桑原先生:それまで気のせいだと思い込んでいたにもかかわらず、いやそうではない、これからもっと動けなくなる、と宣告される訳です。今後、自分の楽しみが奪われてしまうという絶望感は想像に難くありません。そして肺高血圧症は希少疾患ですから、周りに同じような病気を持った人がいない。医療従事者側でもこの病気を診たことがある人はそれほど多くはありませんので、なかなか相談できないということも患者さんの不安につながるのだと思います。
そういったことからも患者会の存在意義はとても大きいと思います。患者さん同士で集まって悩みを打ち明け合える、そして、必要に応じて専門の医師のアドバイスが得られる場というのは貴重です。
村上さん:患者さんご本人はどのような負担を感じられていますか︖
高橋さん:やはり酸素吸入器の問題が一番大きいですね。元気な時に街で酸素ボンベを引いておられる方を見かけた時は大変そうだなと思っていましたが、いざ自分のこととなるとなかなか受け入れることができませんでした。ドラマや映画では病院のベッドで死にそうになっている人が酸素を吸入しています。酸素ボンベを持って楽しい場所や華やかな場所に出かけてはいけないような気がして、子どもの学校行事も行くことができなくなっていました。最初は人目ばかり気にして、本当に嫌でした。もちろん酸素吸入器が大きくて重いという問題もあります。持って出かける時は他の荷物は最小限にしていますが、駅などの混雑したところでは酸素吸入器が人にぶつかってしまうこともあります。
桑原先生:やはり患者さんは酸素吸入器を嫌がられることが多いですね。それが必要だということは頭では分かっていても、重いし、見た目もよくない。特に女性は抵抗を感じられるようです。将来的にこの酸素吸入器を小型化させていくことも大きな課題だと思っています。
村上さん:酸素吸入器の問題はどのように克服されたのですか︖
高橋さん:スーパーで買い物をする時はしっかりしたバッグに吸入器を入れて、それをカートに引っ掛けるようにしました。両腕が使えて、吸入器が人にぶつかることもありません。また、子どもの学校行事に行く時には、できるだけ公共の交通機関を使わない方法を考えました。
村上さん:ご家族は高橋さんのことをどのように見ておられますか︖
高橋さん:酸素ボンベを持って退院してきた私を見て、当時小学生だった息子はショックを受けていました。子ども心にこれはただ事ではないと感じたのだと思います。私には息子が2人いて、この病気になるまではスキーに行くなどアクティブに家族旅行をしていましたが、さすがにこの病気を抱えてスキーはできないので、その後は連れて行ってあげられなかったことは残念です。 先ほども少しお話ししましたが、主人はCTEPHについての専門書を探してきてくれました。専門の先生を探して連れて行ってくれたのも主人です。
村上さん:それでPEAを受けることができたのですよね。
高橋さん:PEAを受けた時も、東京の家を離れて名古屋で3ヵ月半も入院して、本当に家族に迷惑をかけました。それまで、自分でもどんどん心臓が弱っていく感じがして、お墓が身近に感じられるようになっていたので、藁にもすがる思いで手術を受けました。私が入院してしまって、それまで専業主婦として全ての家事をしていた私がいない訳です。主人は朝早く出かける仕事をしていましたので、中学1年生になったばかりの息子は家に親がいない中で学校に行くことになりました。北海道から私の親族に来てもらったり、家政婦さんのお世話になったりもしました。入学当初は毎日お弁当を持たせないといけなかったのですが、学校に相談して特別に食堂を使わせていただいたりもしました。やはり、自分たちで考えているだけではなく周囲の人に相談することが大事だと思いました。
村上さん:そのような身体的・精神的な負担を軽減するために工夫されていることはありますか︖
高橋さん:精神的には、様々な制限がある中で、どうしたら自分が楽しめるか、満足感が得られるかを考えるようにしています。ある作家の方が、「若い時は特急列車にたくさんの荷物を抱えて乗っていた。年齢とともに荷物を少しずつ減らして、急行列車、普通列車に乗り換えていけばよい」と書かれているのを読んで、そういう生活に変えていけばいいのかと、気持ちが楽になりました。できなくなったことばかりを考えるとストレスになります。できることは少なくなりましたが、その中でいかに楽しむかが大事だと思います。もう昔のように激しいスポーツはできません。でも、同じ公園を散歩していても、季節の移ろいを感じたり、木々の緑や鳥のさえずりに癒されたりすることに楽しみを見出しています。最近、軽い体操教室に通うようになりました。以前はお琴をやっていてコンサートにも出たりしましたが、今では体調がよい時に家で弾いたり、仲間のコンサートを聞きに行ったりしています。身体的には、この病気では動き過ぎはいけないのですが、適度に動いて筋肉を保つことは大切だと聞いています。
桑原先生:そうですね、肺高血圧症の患者さんも筋肉を落とさないように動いていただく必要があります。筋力がなくなると状態も悪くなるのです。息切れがしない程度の運動、例えば家の中での適度な筋力トレーニングも効果的と思われます。
高橋さん:家事については、重い荷物を運んでくれたり、洗濯を手伝ってくれたりと家族が協力してくれています。家庭の外では、友人との食事会など体力的に負担がないイベントにだけ参加しています。親戚付き合いについても無理のない範囲でやらせてもらっています。友人や親戚には私がこの病気であることを伝えてあります。